
医療機関の研究所に勤務しているせいか、インフルエンザに関して様々な質問を受ける。私の勤務先ではインフルエンザの患者さんは診ていないし、私は医師ではないし、しかも研究しているのは虫なので素人同然。訊かれても自信をもって答えることができない。
ただ、混雑した電車を利用して通勤している身なので関西で患者が増え始めたころから自衛策は講じている。情報収集の過程でみんなが混乱しても無理ないなあと思ったので、以下に自分で考えたことを纏めてみる。
<予防的措置としてマスクはしたほうがいいの?>
私はしたほうが良いと思う。もちろん、マスクは「感染者がウィルスを撒き散らさないように使用するのが肝要」という点についてはその通り。咳をしている人の全てがマスクをすれば理想的。でも、実際にはそうなっていない。
CDCによるマスク使用のガイドライン
http://www.cdc.gov/h1n1flu/masks.htm
では、医療現場以外で感染者と高頻度に接することは現状では考えにくく、マスクの使用は推奨されない、としている
2.Based on currently available information, for non-healthcare settings where frequent exposures to persons with novel influenza A (H1N1) are unlikely, masks and respirators are not recommended.
上記ページではマスクの予防効果については限られた情報しかなく、明確な科学的データが欠けていることが指摘されている。要するに「わからない」のであって、「効かない」とは書かれていない。むしろ上記2.の書き方では感染者との接触がある場合にはマスクの使用に一定の効果が見込まれているようにも読める。
マスクをする習慣がほとんどないために在庫に乏しいアメリカでは、その効果を謳うとパニックになる可能性がある。上記の表現はそういったパニックの発生を恐れてのものであるように思ってしまうのは考えすぎだろか。いずれにいても人口密集度の高くないアメリカではその判断は正しいかもしれない。
しかし、人口密集度が高く、マスクが文化として定着している日本ではマスク着用を呼びかけた際のプラスの効果がアメリカより強く出るように私には思える。。
マスクの効果については疫学的なデータに乏しいそうなので、ウィルス感染のメカニズムに則してマスクの効能がありそうなのかどうか考えていこう。
インフルエンザは飛沫感染するウィルスである。ここでポイントなのは飛沫核感染(空気感染)するわけではないという点だ。飛沫の大きさはウィルスよりもずっと大きい。一般の不織布マスクでも鼻や喉への進入にを防ぐ効果が十分に期待できる。
N95のような空気感染ウィルスの感染防止マスクを使わないと防げないかのように言っている商業ページ、及びその情報に基づいて書かれたページがごまんとあり、ウィルスの大きさとフィルター細かさの関係について述べているが、飛沫核感染しないインフルエンザウィルスの粒子サイズを論じること自体がナンセンス。普通の不織布マスクで十分だと思う。昔、あまりものを考えずに買ってN95をつけたことがあるが、キチンとつけなければ意味がないどころか、空気の通りが普通のマスクより悪いため横からの流入がむしろ大きくなる感じだった。ちゃんとつけるとかなり苦しいし。
しっかりフィットしていないマスクでは隙間からウィルスが入ってきてしまうからあまり意味がないという意見にも私は懐疑的。空気感染するウィルスではウィルス自体が微粒子として浮遊しているために確かにそうだが、インフルエンザが含まれる飛沫が飛ぶ時間は短く、直線的だ。多少隙間があってもマスクをしないよりずっと良いだろう。マスクなしでくしゃみや咳をしている人がいたら、そのときだけマスクを手で押さえるだけで隙間はほとんどなくなるだろうし。
CDCでは「眼が覆われてなければ感染を完全に防ぐことはできない」、とか「マスクに頼って他の予防法を講じないデメリットがある」とも言っている。確かにそれはそうなのだが、それらの事実はマスク着用の意義を本質的に低めるものではない。
ウィルス感染は飛沫に含まれるウィルスが鼻や喉の粘膜に付着し、細胞内に進入することから始まる。付着の危険を低めることが悪いはずがないと思うのだが。また、クーラーの効いた電車やオフィスは乾燥している。乾燥によって粘膜による防壁が弱まることが冬のインフルエンザ感染拡大の一因だ。マスクの着用には乾燥から鼻や喉を守る効果もある。
また、「感染したらマスクを」というけれど、感染したかどうかなんて初期の自覚症状に乏しいうちはわからない。気づかずに感染しているような場合でもマスクをしていれば他の人への感染拡大を防ぐ効果が期待できるだろう。ウィルスによって咳がひどくなっていない状況でもくしゃみは出る。
一方で、手洗いやうがいを疎かにしてはマスクをしていてもウィルス感染からは身を守れないのも確かだ。ウィルスは短いとはいえ飛沫として排出された後でも感染性を保持しており、ウィルスの付いた手で鼻や眼を触ればそこから感染する(ちなみに、これは手洗いをしない理由にはなりえないと思うのだけれども
こちらの論文によるとインフルエンザウィルスは人の手の上では15分以上は感染性を保持できないらしい。一方、金属やプラスチックの上では1日近く感染性を維持するらしいので、この研究結果が我々の生活環境に当てはめられるのであれば、つり革を触ったあとすぐに顔を触るのは危険であるが、手の表面ではウィルスは比較的速やかに無効化される。でも、当てはまるかどうかわからないし、それ以前の問題として外出したら手は洗おう)。
総合的な予防対策が重要なのはその通り。ただ、「人混みを避けることが大事」といわれても電車通勤をしている身ではそれはなかなか難しい。特に都市部においてマスクは一定の予防効果が見込める筈だ。みんなでマスクをしても結局は感染拡大するかもしれない。しかし、以下で述べるように感染拡大の遅延にも大きな意味がある。
<弱毒だから大丈夫>
そうは思わない。通常の季節性インフルエンザでも疾患を抱えた人を中心に多くの死者が出ている。今回のインフルエンザでは免疫をもたない人が大部分であると考えられ(1957年以前に生まれた人には免疫がある可能性が出てきたことは承知しているけれどまだ未確定だろう。
ソース)、感染拡大した場合には犠牲者が季節性より多くなる可能性が高い。
「自分は健康だから大丈夫」という人でも、「じゃあ弱者が犠牲になって良いんですか」と訊ねれば大抵口をつぐむ。「今のうちに感染しておけば強毒性になったときでも安心」と言っている人も同様。一見良いアイディアにも思えるのだけれど、よく考えれば弱者への配慮に欠ける。それに感染拡大は強毒化のチャンスそのものを増やしてしまう。
ワクチンの生産や新薬の開発といった様々な対抗策が準備されつつある。パニックになる必要も極度に神経質になる必要もないと思うのだけれど、必要最低限の感染予防措置により感染拡大を遅延させることには大きな意義があるだろう。
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